【第2話】お墨付きはもらったが・・・


久利の妻、登場

 前回の羊羹の一件ではいささか気が滅入ったものの、そのモヤモヤもいつしか忘れかけた久利は、今日も休日の昼寝を楽しんでいた。妻の新香は、「今日は日曜日ですよ」と外出の催促をしている割りには自分も茶の間でテレビに見入っている。そこへ久利の枕元の電話が嗚った。新香は電話が鳴っても久利がとらないことがわかっていたので、しぶしぶ立ち上がる。いかにも久利への電話だと言わんばかりの顔つきである。
 「餡子さんから電話ですよ」
 あんこ、あんこと久利は頭の中で繰り返したが、誰だったやら・・・「どうもお久し振りです。お休みのところすみません」
 以前、友人の天丼が紹介してきた餡子であり、元気のいい声を聞くと、その気の強そうな顔が鮮明に甦った。

調停そして訴訟

 餡子の言わんとするところは、次のとおりであった。車を運行中、餡子が停止していたにもかかわらず、対向車線より来た車に右前方より衝突されたこと、相手は18歳であること、餡子の車の修理代は37万円であること、現在調停事件中であること、調停も回を重ねているが都合が悪いと相手が出廷しないことが続いていること。
 「相手は誠意がないようですね」「そうなんです。特に父親が・・・」 未成年者が当事者である場合には法定代理人である両親を相手方としなければならないことはわかっているようである。調停は両当事者の自由意思により、和解、示談を裁判所の関与のもとに進める手続であるので(ただし、調停が成立すると判決と同一の効果 が生ずる)、合意が成立しなければ、解決は先送りになるだけで事件解決の進展はないのである。
 「調停を取り下げて本訴を申し立てますか」
 「はい、そうします」
 久利は、早速訴状の作成にとりかかった。本事件の場合、先方の自動車は父親が代表取締役を務める会社名義であり、未成年者の両親は離婚していて親権者は父親となっているので、未成年者を被告とするだけではなく、父親および会社も共同被告として訴状を作成した。被告三者とも財産らしきものは、ほとんどない状態である。あえて財産らしいものといえば事故を起こした自動車とあるかないかわからない預金ぐらいのものであるが、この自動車にしてもかなりの年代物ときている。久利はたとえ、全面 勝訴したとしても、現実的に損害賠償金がとれないかもしれないことを伝えると、それでもかまわないとのことであった。

裁判上の和解

 訴状を渡して半年程たった頃、餡子から電話があった。司法書士は法廷で弁論ができず、いくら訴状や準備書面 を用意してやっても訴訟の進行状況がわかりにくい。まったく隔靴掻痒の思いである。
 「ご無沙汰しております。裁判になると先方も調停とは打って変わって毎回出てきております。先日の期日に裁判官が和解を勧めまして、どうしたものかと思いお電話した次第なんです」
 和解条項は概ね次のとおりであった。彼告は37万円の債務を認める、支払方法として、毎月末日までに月5万円、最終支払期日に金7万円を分割払いにより支払う、ただし1回でも支払いを遅滞したときは期限の利益を失い直ちに未返済金全額を完済する、その余の請求を原告は放棄する。『羊羹のときはこの期限の利益喪失に関する定めがなかったんだなあ』と久利は思い出しながら、しかしこの和解案は内容的には餡子の全面 勝訴に近いものと言ってもいいだろう。
 「分割払いさえ納得できれば和解されたらどうでしょう。また、分割払いにしたいという被告の意思は本当に支払う気持があることの表れだと思うのですが・・・・。このまま裁判を進めてもこれ以上の判決をとることは難しいと思いますよ」

やはり強制執行を

 和解は成立し、相手も1回、2回と支払いを続けた。しかし、3回目が遅れだして3ヵ月が過ぎた。
 「差押の申立書をつくっていただけますか」
 この頃になると餡子も何をすればいいのか心得てきたようだ。
 「もう、先方との話し合いはできないのですね、前にも言いましたように執行をかけても、和解調書がカラ手形になる可能性もありますけどやりましょうか。預金でも、給料でもなにか財産的なものがありますか」
 久利からめぼしい財産を探しておくように言われていたからだろう、餡子は即座に答えた。
 「何もありません。本人は父親の会社を時々手伝っているようですが、この近辺にある銀行は、きゃべつ銀行の駅前支店だけですので、ここでお願いします」
 債務名義による執行方法の主なものに不動産執行、家財道具などの動産執行、預金、給料を差し押さえる債権執行があり餡子は預金の差押えを選択したわけだ。選択したというよりも探しに探した結果 、預金しかないようである。いや、探したといっても実のところ預金があるかどうかはわからないのだ。預金の差押えは、預金がありそうな金融機関に対し、誰それ名義の預金が「あれば」、差押えをするといった方法をとらざるを得ないのが通 例である。

ヒットか空振りか

 餡子は和解調書の正本に執行文の付与を受け、久利につくってもらった債権差押命令申立書を持って裁判所に差押えの申立てをした。
 10日程経った日の晩、久利が自宅でテレビを観ていると、電話のベル、新香が立ち上がる。いつものとおりチラッと久利の顔を覗きながら。久利はこの時間にかかってくるのはおそらく餡子であろうと思った。新香の顔も「餡子さんからでしょう」と言わんばかりである。案の状、餡子の大きい張りのある声が、受話器から飛びだした。
 「やっぱりカラ振りでした。銀行には預金口座がなかったんです。今日、裁判所から連絡がありました」
 空振りしたという割りには歯切れがいい声だ。
 「どうします。動産執行でもわけますか」
 こうなることを久利は十分予測していたので、次の手を考えていたのである。しかし、動産執行を申し立てたとしても、財産的価値の高いものでないとあまり意味がないし、それにもまして、あっさりした性格の久利にしてみれば、粘着質の餡子にいささか参っていたというのが本音である。
 「いえ、一家そろってもうあの家にはいないのです。やるだけやったので得心しました。イヤーいい勉強になりました」
 船子は37万円だけにこだわっていたのではなかったようである。

久利のこころを妻や知る 

受話器を置いて、久利は新香に話しかけた。
 「御墨付をもらったが・・・・・・、どういうことかわかるかね」
 新香はポカンとして「わかりません」、久利には、いきなり結論から喋る癖があることも新香は心得ているので、最近は反論せずに素直に「わかりません」ですませている。その晩久利はもう一度、自分自身で納得して布団の中で繰り返した。
 「御墨付をもらったが、御墨付をもらったが。御墨付はもらったが・・・・か・・」
 新香には何が何だかわからないので、「変な人」、久利は自分から気が向かなければ喋らないことも新香は理解していた。(第2話・終)


 

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