【第1話】お役に立てたのか


相談事お受けします

 さてさて不動産不況は相変わらずで、今日も久利は早い時間にご帰宅となった。忙し過ぎるのもなんだが、こう仕事がないんじゃ、コンビニエンス・ストアでアルバイトでもしようか、それともお好み焼き屋かなどと、友人の司法書士と話し合っている今日この頃だ。夕食後ボンヤリとテレビを見ていると電話が鳴った。
 「よう久利君ひさしぶり。天丼です」
 高校時代の同級生の天丼だ。とある会社で総務の仕事をしているということで、時々妙な法律相談もどきを久利にしかけてくる奴である。
 「いや、ちょっとうちの会社の人間で相談したいことがあるっていう人がいるんだが、君が司法書士ってことを思い出してね、君を紹介したいんだ。いいかな」
 「フム、かまわんよ。どういう話かね」
 「それは本人から言ってもらった方がいいだろう。羊羹って人だ。明日にでも君の事務所に電話させるよ」
 事務所の取引先からではなく、久利の友人から持ち込まれる相談は、相続がらみとか、家の取得、建て替えというものが圧倒的だ。今度もそのような相談だろうか。

裁判事務もいたします

 「・・・実は私、離婚したんですけど・・・・・」
 羊羹は30歳の女性。去年離婚し、今は親の実家で生活している。子供は二人とも自分が引き取っているが、親権者はもちろん彼女自身。夫が他に女性をつくったことが離婚の原因らしい・・・・・。
 「離婚のとき調停で別れたんですが、そのときに子供の養育費を一人当たり月5万円ずつ、慰謝料500万円を分割して月10万円づつ支払うということになったんです。でもこの3ヵ月ほど、支払いがなくて・・・・」
 裁判所で相談したところ強制執行のための手続は司法書士か弁護士にしてもらったらいいと言われたそうだ。調停調書は、ややむずかしくいえば、一定の私法上の請求権の存在と範囲を表示した公の文書であり、「債務名義」といわれるものである。羊羹がもっている調停調書は、彼女の慰謝料請求権や養育費請求権に、いわば国家が「お墨付き」を与えたものなのだ。とはいえ強制執行のためには、黙って待っていてもだめで、強制執行の中立をしなければならない。
 久利はいつも、判決手続はもちろん、この強制執行手続にもっと司法書士が関与していってもいいのではないかと考えている。もっとも久利自身、登記事件以外のこの種の依頼は年に数えるほどなのだが。
 さて債務名義があるとなれば話は早い。しかも羊羹は執行文と債務名義の送達証明まで自分でとっているのだ(「執行文」とは、その債務名義に強制執行力があることを公証する文言であり、これにより執行機関は直ちに執行に着手できるのである)。あとはまさに申し立てだけである。どのような強制執行を申し立てようか。
 羊羹の元の夫である塩辛は、まあ普通のサラリーマン、女と一緒にアパート住まいらしい。すなわち不動産等は所有していないようだし、銀行預金等があるかどうか、もしあったにしても預金先などは調べようがない。久利は、現在までの支払状況、塩辛の現住所、同居者、在宅状況、勤務会社の住所、給料の額、等々を聞きながら言った。
 「これはやはり給料の差押ですね。あとは車くらいかな。ただいきなり強制執行する前に、ちょっとジャブとして、内容証明郵便で催告書を出しておきましょうか」

第1の申立

 久利が給料の差押命令申立書を裁判所に提出してから一週間、羊羹から電話があった。
 「塩辛が電話してきました。申立てを取り下げろって。会って話をしたいからと言ってきてるんですけど」
 「うーん。今さら会ってもねえ。むしろ強硬な態度のほうがいいかもしれませんしね。それより、会社との間では連絡はとれてますか。差押命令が塩辛と会社とに届いてからー週間たてば、羊羹さんが直接会社から支払ってもらえるんですからね。支払方法なども打ち合わせておいてくださいよ」
 「はい、会社の総務の方ともお話してますので」
 羊羹が自分自身で執行文までとって強制執行を申し立てているのだ。今さら羊羹と塩辛が会って話し合って何が解決しよう。しかし、塩辛にしてもまだ若いサラリーマンだ。久利でも名前を知っていたほど名の知れた会社に勤めているとはいえ、月々20万円は相当厳しいだろう。銀行や不動産会社の登記案件とは違って、このような事件は妙に身につまされるものがある。
 依頼者に対しても、また相手方に対しても情が移ってしまう。
 それから10日後、羊羹は会社から振込があったことを告げてきた。さらにその翌月と翌々月に振込が続き、申し立てた金額の全額について入金が確認された。久利は債権取立届を裁判所に提出し、調停調書を羊羹に返した。しかしながら久利の気分はどうも晴れなかった。

第2の申立  

 「久利先生、どうも、羊羹です。あれからまた塩辛の支払いがないんです」
 調停調書を羊羹に送り返してから、2カ月たっている。
 「先生に申立をしていただいた月とその次の月は塩辛から送金があったんですけど、そのあとまた滞ってまして・・・・」
 そうなのだ。調停調書には、慰謝料は毎月10万円ずつ、養育費は子供が20歳になるまで毎月5万円ずつを『月末までに』支払う、となっている。未払金額の合計はまだ何百万円もあるのだが、確定期限のあるものは期限到来後でないと強制執行は開始できないのだ。毎月毎月、月末の支払期限が経過した分だけを、その都度請求し強制執行の申立をしなければならない。子供が20歳になるまでにはまだ15年もある。その間このような手続を繰り返さなければならないのだろうか。 「そうですか。ともかくもう一度、給料の差押でいってみましょうか」 「塩辛はあの後ちょっと体をこわしたとかいうことなんですけど」 「まさか、退職したりするようなことはないでしょうね。ちょっと急ぎましょう」
 塩辛の勤めている会社は、入の入れ替わりが頻繁なことでも世間では有名なのだ。
 急いで羊羹に調停調書をもってこさせ、久利はその日のうちに、給料、退職金の差押命令を申し立てた。
 第3、第4はどうなるの? 裁判所から連絡があったのはその1週間後。申立て時に、書類作成者として司法書士の名前を知らせておけば、裁判所はこちらの方に連絡をくれる。
  「第三債務者から回答があったんですけど差押命令申立ては取り下げてもらえますか」 塩辛は先月末に退職し、会社は今度の差押命令が送達される2日前に退職金の全額を塩辛に払い終わってしまっていた。
 塩辛が現在どこに勤務しているのか、あるいは失業中なのか。羊羹も知らないと言う。いつまでも今のアパートに住んでいるとも思えない。この調停調書はこれからどの程度役に立つのだろう。
 「もしもし久利です。残念ですが、今回の差押は取り下げです」
 「そうですか・・・・昨日、家庭裁判所から調停の呼び出しがありました」
 「・・・・・」
 羊羹に対し、久利が何を言えよう。久利が手伝った数10万円の回収、それはそれで役に立っただろう。
 しかしこれ以上のことはできなかったのだろうか、これでよかったのだろうか。久利の胸のもやもやは晴れないままだ。 (第1話・終)


 

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