初めてのインド 【3】

恐るべし! インドの「獅子唐?」

「どちらまで行かれますか?」
メガネをかけた背の高いおじさんが、にこやかに言った。
「はい、チェンナイ(旧マドラス)です。」
「チェンナイですか。我々はデリーに行きます。こちらに駐在してましてね。商社マンです。」

それから20分、日本人との心地よい会話のひととき。とにかく商社マンとは心強い!
彼らは、言わずと知れた日本が誇る企業戦士、世界を舞台に活躍する男達である。インド国内線の乗り換えなんて、まさしく朝飯前。彼らのサポートさえあれば、安心してチェンナイ行きの飛行機に乗れる。「これで大丈夫だわな!」と思ったのもつかの間。

「では、我々はここで失礼します。」そう、彼らが搭乗する便は私とは違う。デリー行きだった。
「えぇぇ・・、もう行くんですか?」他に日本人がいないこの異国の空間で、再び言い知れぬ 孤独感を味わう。
「大丈夫ですよ。出発便はあのモニターにでますから。」私の不安を察したのか、おじさんがさっきの貧弱な出発便の表示モニターを指さす。このモニター、子供の頃、通 っていた銭湯にあったテレビのような前近代的な代物。

ちゃんと表示するのか? とっくに出発時間は過ぎている。「まさか乗り遅れたの?」我ながらかなり悲観的である。当然のように、「定刻」なんかには出発しないのかもしれない。
これが噂に聞く、「インド時間」かも。大らかというか、寛容というか、周囲にいるインド人は別 に時間を気にしてあのモニターを見ている様子もない。
しかし、旅慣れていないこちらはドキドキものである。

「では、お気をつけて!まあ、ゆっくりインドを楽しんでください。」もう一人の商社マンが言った。
「あぁ、、、。ありがとうございます」思わず我に返る。
期待通りの活躍がなかったこの助っ人達をを見送りつつ、ため息をつく。

やはりモニターには、私の乗るべきエアーインディアの国内線の便名は出てこない。
「時間を守れよ。インド人・・・・。」かなりブルーな気分。
そう言えば、昔、友人が時間通りに到着しない、時間通りに出発しないエアーインディアのことを「エアーインチキ」と呼んでいた。

何度も何度も、便名の記載されたチケットを見ては、モニターを見るが、出ていない。
空港職員に確認するべく「このチケットの飛行機はまだ出発してないな?」という台詞の英訳を試みるも、断念。
特に問題はこの部分「・・・出発してないな?」この問いに対する答えが「はい、出発していないよ」の場合に「Yes,・・・」なのか?「No,・・・」なのか?はっきりしない。
結局、さらに混乱しそうなので無理な英作文はやめる。もっと簡単な表現もあるだろうが、ことここに到っては面 倒くさい。中学、高校時代の英語教師の顔が浮かんでは消える。

それにしても時間の経つのが遅く感じる。予定より大幅に出発が遅れることについての納得できる理由もなく、あるいは納得できる理由があっても英語のアナウンスを聞き取れる英語力のない人が、このような境遇に立たされた場合、5分間でさえ長く感じる。

そんな中、一時間近く経過したところ、モニターにそれとおぼしき便名が出た。間違いなさそうである。これでなんとか、チェンナイには行ける。
しばらくすると、搭乗手続き開始のアナウンスがあった。すると、そのロビーに居たインド人のほとんどが一斉に列を作って並び始めた。こちらも負けじとピンク色のリュックと「南アルプス天然水」と大事なチケットを持って慌てて並ぶ。

チケットを確認する髭をたくわえた空港職員に自分のチケットを示して、何度も確認する。
「OK!? OK? OK? この飛行機やな!これで大丈夫やな!」最終的には日本語で念押しする私の気迫に押され気味のこの空港職員は、そのたびに何度も大きくうなずく。
もしかするとこの便は、チェンナイ行きの最終便かも知れない。最終便なら満席かも。
外に出て、ぞろぞろと目的の飛行機の場所まで歩いて行って、タラップを登る。
思った通り、このエアーインディアの機内はインド人で満席、外国人は私だけのようだ。通 路を一人歩く派手なピンク色のリュックを持った東洋人に対する視線が熱い。

やっとのことで自分の席を探し出す。やや後方右側の二人がけの通 路側だ。右隣は小太りの髭を生やしたビジネスマンとおぼしきインド人。座るなり新聞を隣の東洋人に遠慮しながら小さく広げた。
このインド人越しに窓を見るとすでに暗いが、通路側なのでインドの夜景は楽しめそうにもない。
飛行機は滑走路に向かってゆっくりとタキシングを始めた。年配の太ったキャビンアテンダントがシートベルトを確認しているのか、通 路を忙しく行き交う。

比較的古い機体のようだが、そんなに不安感はない。轟音とともに離陸。水平飛行に移ってしばらくすると機内食が配られ始めた。気流も安定しているようだ。機体の揺れはほとんどない。しかし、このキャビンアテンダントの配り方が結構、「荒々しい」。
私のところにも荒々しく配られたが、中身は美味しそうである。ドライカレーのようなものに緑色の大きな獅子唐のようなものが乗っている。あとはスパイシーなチキンとヨーグルトにお水、その他諸々。

ムンバイ国際空港に着いたとき、日本からのグループに注意するインド人ガイドの話を思い出した。
曰く「インドではね。生水を飲むと日本人は死ぬよ。牛乳もヨーグルトもダメね。僕でもお腹悪くするからね。」
では、この水もヨーグルトもだめか?
航空会社の機内食で、きちんとパックされているから、大丈夫とは思うが、「君子危うきに近寄らず!」やはりヨーグルトも水もやめておこう。スパイシーな料理だから、喉は渇くが、我が身の安全のためヨーグルトと水は我慢しようと強く決意する。

しかし、この機内食、それなりに美味しい。インド人から見れば決して本格的インド料理ではないのであろうが、そこそこうまい。

ところで、さっきから気になるのは、隣のインド人。どうやら東洋人が珍しいらしい。新聞片手に機内食を食べながら、チラチラこちらを見ている。
隣の変なおじさんは無視して、機内食を夢中で食す。

日本を出る前日、この旅行で万が一のことがあったら、食べ納めになるかも知れないとわざわざ道頓堀まで出かけて食べた「元祖 たこ焼き」の味がなぜか懐かしい。

たこ焼きとはまったくその趣を異にするが、インドの米もそんなに違和感なく食べられる。ただ、やはりそのドライカレー風の米の上に乗っている大きな緑色の野菜が気になる。「獅子唐かな?」
獅子唐なら10個のうち1個くらいは辛い「当たり」があるらしいが、基本的には食べられる。しかし、ここはインドだ。まったく違う種類のものだとすると「食べられませんが、見栄えをよくするために青いものを置きました」というふざけた台詞を聞く可能性もある。

でも、まるでメインの食材のように大きく堂々とお米の上に乗っているところを見ると、案外おいしく食べられるものかもしれない。
さんざん迷ったが、食べてみることにした。野菜だからそんなに心配はないだろうが、姿形から多少は辛いものかと予想しつつ、そーと口に入れる。

隣のおじさんの視線を強く感じる。最初の一かじりをしながら右を向くとやはり隣のインド人はこっちを見ていた。おじさんは慌てて新聞を読むふりをして顔を隠す。
ひと噛み、ふた噛み、でも・・・思ったほどは・・・・・・ドカーン!・・・「うう゛ぇ、、、辛い!」爆発的に辛かった。咳き込んだ。

わずか30秒前に決して飲まないと心に決めた目の前の水を震える手でパックを開けて一気に飲み干す。しかし、この燃えるような辛さは一向に鎮火しそうにない。
今、目の前の機内食のトレーの中で、口に入れてこの苦痛を緩和できるものは、例のヨーグルトしかない。口が燃えるのがいいか、お腹とお尻に後々、不具合が生じるのがいいか。

人生とは、つまるところ常に選択の連続である。目先の多少のトラブルで判断を誤ってはいけない。このような場合こそ熟慮が必要である。
私は、迷わずこの目先のトラブルを解消することにした。はやる気持ちを抑えつつ、ヨーグルトのパックを開けてスプーンを使うのももどかしく、口に流し込む。
慌てて食べたので、ズボンの上とTシャツにこぼした。舌をヨーグルトで洗うように口をモグモグさせる。昔、鳥取砂丘で見たラクダがこんな風に口を動かしていた。

顎を突き出しながら前の席のインド人の後頭部を凝視して大きくため息をつく。

また、右側からの強い視線を感じる。痛い目にあった直後の不機嫌な顔面 を右に向ける。
おじさんは新聞紙から顔を半分出して、怯えたような目をこちらに向けていた。
そして、その目は如実に物語っていた。「あんた、それ食ったの?!」
そんな怯えるおじさんの前のトレーを見ると二口ほど残したご飯と手つかずの「緑色の危険なお野菜」が残っていた。

通路の向こう側を見ると何人かが食べ終わったトレーを通路側の足下に置いている。
そのすべてのトレーに「緑色の危険なお野菜」は残っていた。通路を挟んだとなりのインド人も残している。後ろも同じ、誰も食ってはいなかった。
「インド人も食べんよーなもんを入れておくなよ!」誰も日本語を解さないこの閉鎖された空間で小声で叫ぶ。

ひどい目にあったが、もうすぐチェンナイに到着する。飛行時間約2時間、南インドの東側、インドで5番目の大都市だそうである。
この空港で新しいガイドが迎えに来てくれているはずである。

口の中に少し違和感があることを除けば、さしたる問題もなくチェンナイに到着。重いサムソナイトも無事に手元にもどってゲートを出るとムンバイの時と違って、時間も遅いので出迎えの人もまばら、お陰で迎えに来てくれたインド人ガイドとすぐに会うことが出来た。

ハンサムな若いおにーちゃんである。日本語もかなり達者、自己紹介の後、車に乗ってホテルに向かう。彼の話によると、日本から若い女の子の旅行者も多いらしく、彼女たちのガイドをすることもあるようだ。

「日本の女の子はど〜や?」下品な大阪のオヤジは、ニヤニヤしながら若いガイドに訊く。
「日本人ノ女ノ子、カワイイネ。辛イモノバカリ食ベテルト、タマニハ甘イ物モ食ベタクナルネ」
「ほ〜ぉ・・・・。」意味深な発言である。

人通りのない暗い町中をしばらく走り、緩やかな坂道を登ると今夜の宿となるホテルに着いた。
「コノHOTELデス。4ツ星デス。」彼は誇らしげに言った。
「・・・4つ星?・・・4つ・・・星が・・・でも・・・でも・・・、暗くてよくわからないんですが・・・・。」

つづく

匿名希望(オヤジ)



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