初めてのインド 【2】

初めて見た現実のスラム街

 消毒剤散布事件に端を発した私の妄想小劇場がやっと幕をおろした頃、すでにムンバイ(旧ボンベイ)国際空港への着陸まであとわずかとなっていた。
高度がしだいに下がってくる。雲を抜けると翼の下にインドの赤い大地が見えてきた。
赤土でできているのか、文字通りの赤い大地。
しばらくすると曇り空の中、さらに高度を下げ市街地に近づいて行く。
灰色の町並みが見えてきた。装飾もほとんどない薄汚れた灰色のビル、車の列。
バラック小屋の集まりのような地域を、直下に見ながらゆっくり滑走路に向う。静かに着陸。

 機体がボーディング・ブリッジに向かう間、外を見ると舗装されていない、いわゆる滑走路以外のところが1メートルほど下にある。関空などではきれいな芝生になっているが、ここでは耕耘機かユンボのようなものと、数人の男が作業をしている。「まさか何か栽培してんの?農作業?」一人つぶやく。(事実は不明)

 ボーディング・ブリッジに着いて通路を通り入国審査に向かう。なにか、変な臭い。
消毒薬のような臭いが鼻をつく。ドキドキしながら入国審査を待っていると日本語ペラペラのインド人ガイドが日本から引き連れてきた日本人ツアー客に注意を始めた。同じ便で来たグループのようだ。
 一人で来ている私は、そーっと、そのグループに近づき聞き耳を立てる。
曰く「インドではね。生水を飲むと日本人は死ぬよ。牛乳もヨーグルトもダメね。僕でもお腹悪くするからね。」
「えっ〜!」おばちゃんたちが笑った。
 あんたらは仲間がいるからいいけど、一人で来ている私はマジでやばい。
 しかしながら、備えあれば憂いなし!念のために、サバイバル・キットを持参してきた私は、やっぱり偉い。それは超高性能のフィルターを備えた簡易型浄水器。付属のストローを吸うと、超高性能のフィルターを通 って細菌などで汚染された水も安全な水となって飲めるという優れものだ。軍隊でも使われている。ざまー見ろ、これで私だけは大丈夫だ。
 しかし、この超高性能簡易型浄水器が、後日私の心に深刻な影を落とすことになるとは、この時は知るよしもない。

 その後の入国審査官の感じ悪い視線にも笑顔で答えて、なんとか入国審査をパス。
通路を抜けて空港内の銀行でルピーに両替をすませる。とりあえず1万円。おそらく、一般 的な労働者の月収2〜3ヶ月分程度の金額だろう。
この空港で日本語のできるインド人ガイドと落ち合うことになっている。ところで、顔を知らない・・・・。空港の出口で待っているらしい。
 そこは、見知らぬインド人でいっぱい。口々にわめいていて、騒々しい。通 路の両サイドにある柵に身を乗り出して、みんなが私に手招きする。
 タクシーの客引きや、中には目指す外国人観光客の名前を書いたプレートを持つインド人ガイドもたくさんいる。
 ところが私の名前がない。こみ上げる不安感が大腸を刺激する。
 ここで、国内線に乗り換えることになっていたはず。ガイドに会えず、国内線に乗り換えできなければ、恥ずかしながら日本にトンボ帰りか?直行便は数日後かも・・・・。早々と友人への言い訳を考える。

  ・・・と、そこへインド人ガイドが白馬の騎士のごとくが現れた。
「○○○・・・、 サン デスカ?」
「おっ、おおおおお、そー!!そー!!、○○○サンデス!」
 「ザ・ぼんちのおさむちゃん」みたいに叫んだ。10年来の知人に会ったような勢いだ。こんな場合、日本人には抱き合う習慣がないが、あれば激しく抱擁していたことだろう。
「あ〜、よかった!おらんのかと思ったわ」
 あとは、早口の大阪弁でまくし立てた。おそらく、相当の日本語のヒヤリング力があっても、聞き取りは不能だったはずである。おまけに、こちらは滑舌が悪い。
「ニモツヲ、トランクニ、イレテクダサイ」
 関空出発時に、重量制限規定ギリギリでパスしたサムソナイトを使い込んだインド国産車に乗せる。
 ドアがパタンと軽い音を立てた。
 しかし、何だ?この重い空気は?爽やかさは微塵もない。夕暮れのどんよりと曇った天候のせいではない。これは排ガスの臭いである。道行く車は、すごい排気を出して走っている。帰宅時間なのか、大変な自動車の量 である。遠くの景色は、スモッグでぼやけている。
 ここから国内線に乗り換えてチェンナイ(旧マドラス)に行くはずなのであるが・・・。
「コクナイセンノ、バショニ、イキマス。」
「車で?」
「ソウデス。トーイノデス。」
「遠い?」国内線は別の空港?と思ったが、乗り場が空港の向こう側にあるらしい。混雑する道路を猛スピードで何十台もの車が白煙を上げながら走る。
バイクや自転車も驚くほど接近して併走する。四方八方から鳴らされるクラクションの中、みんな自由気ままに走っている。クラクションは鳴らすが、その警告に相手が応えてくれることは、当初から誰も期待していないようだ。警告をした上で、「つっこむ」という感じか。

  スラム街とおぼしき所に入る。
 着陸時に見えた滑走路近くのバラック小屋の集まりのような地域は、どうやらこのスラム街だったようだ。頬を真っ黒に汚し、汚いボロボロの服を着た裸足の幼い女の子が道端にたたずむ。埃と排ガスと騒音。初めて見る本物のスラム街、複雑な感覚である。写 真でしか見たことのなかった現実。
 多くの外国の観光客もこの光景を見ることになっているはずだが、特にインド人ガイドも抵抗なくこの道を通 る。現実は現実なのか。
 カースト制という「事実」が存在するこの国において、当然の現象なのかもしれない。
 しかし、未経験な日本人には少々重い。

 15分ほど走るとムンバイ国際空港の国内線の乗り場に着いた。
 ガイドと一緒に空港内のカウンターに行く。
「ワタシハ、ココデ、カエリマス」
「???、はぁ? 帰る?」
 当然、ガイドも国内線で一緒にチェンナイ(旧マドラス)まで行くものだと思っていたが、どうやら、ここで放り出されるらしい。予想外のことにまたもや、不安感が大腸を刺激する。
「一人で乗るの?」
「ソーデス」つれない返事。
「チェンナイニ、ホカノガイドガ、マッテイマス」
 チェンナイの空港で別のガイドが迎えにきてくれるらしい。ただ、インド国内線に一人で乗り換えるのは、初めての海外旅行者には精神的に負担である。

 仕方ないので、泣く泣くガイドと別れてゲートに入る。
 手荷物のセキュリティ・チェックを受けるために、列の一番最後に並ぶ。手荷物は、派手なピンク色のリュック、一つ。もちろん、テロリストではないので危険物は入っていない。手荷物はクリアーしたが、本人が金属探知機に反応してしまった。銃を持った空港職員がポケットの中身をトレイの中に出してもう一度、やり直せと言う。何とか合格。
 ポケットの中身を戻して、手荷物を受け取って周りを見ると空港職員以外に乗客は誰もいない。
「えっ!どこに行けばいいの?」パニックって一人旅を後悔する。
 見ると通路の10mほど向こうに、警備員らしき女性職員が5人ほど集まって雑談に興じている。みんなかなり太っている。向こうを向いている一番太っている女性職員に話しかけるべく近づく。
 当然ここは「エックスキューズ・ミー」だ。何度も心の中で繰り返す。何事も繰り返しの練習は大事である。
「サンキュー」以外に、インドで初めて使う英語、かなり緊張しながら、一人で困っている私を助けてとの願いを込めて慎重に発音する。
「エッ・・、エエ、エックスキューズ・ミー」どもった上に声が裏返った。いやな予感。
「Yes,mum」その太った女性警備員は、ふり返った。あきらかにびっくりしていた。女性と思ったみたいである。
 かまわず、つたない英語で自らの窮状を訴える。
 彼女は廊下の反対側を指さして突き当たりの階段を下りろと言った。
「サンキュー」と言って歩き出して、振り向くとさっき女性警備員は大げさに両手を広げて仲間になにやら話している。
 きっと、こう言っているのだろう。「びっくりした〜!女の人やと、思ったわ。そーでしょ〜!中国人かな?中国人ってあんな感じよね。」十分に予想はつく。このような場合のおばちゃんのおしゃべりは万国共通 である。

 教えられた階段を下りると広い待合いロビーになっていた。当然、インド人だらけ。
 思わず日本人がいなかいか探してしまう。ところが、まったくいない。
 私が乗る便の出発まで時間はかなりあるためか、出発を知らせるモニターには、こちらの便名の表示はまったくない。またこのモニターが小さくて古いテレビ・モニターで、大きな液晶やパタパタと表示が出るような代物ではない。予想外に貧弱な空港施設が、さらに私を不安にする。
「ほんとに、ここで待っていて大丈夫?」自問自答を繰り返す。仕方ないので、日本から持ってきたミネラルウォーター(南アルプス天然水)をチビリ、チビリ大事に飲む。この国では安心して飲める飲料水は大切である。
 そこへビジネスマンらしい東洋人が二人、階段を下りてきた。中国人や韓国人の可能性もある。
しかし、背に腹は代えられない。
「すいません。日本の方ですか?」
「はい、そうです。」
  やはりネイティブの日本語は美しい。この一言に日本のよき伝統文化が込められている。
「いや〜、参りましたわ!実はインド、初めてでして・・・・・・。」
  インドも何も、海外旅行が初めてである。凡人は、こんなときにも見栄を張る。

つづきを読む

匿名希望(オヤジ)



「おしながき」にもどる

(C)Copyright : Naniwa Go & Do 司法書士法人 なにわ合同